2020.03.09 Blog #015

移動のリスク、それでも移動する理由


新型コロナウイルス感染症が大きな問題となっています。感染症対応の最も大事なことは感染者の「隔離」と言われていますが、感染経路としてクルーズ船や渡航者等の動きが報道され、今やかつてないレベルで「人の移動」が危険視されていると言えます。

流動創生は、人の移動の価値を謳ってきました。もちろん、今回の件と当事業のコンセプトはまったく別の話ですし、誰かにとって不利益や不安の種になるような移動は避けるか形を変えるべきで、感染症対策として移動を慎むべきケースがあることには賛成です。しかしながらこれをきっかけに、平時にも移動が周りの人にとって煙たがられるもの、本人にとって億劫なものになってしまうことは、やはり心配しています。

情勢は、人の移動を抑制する方向にあります。移動について考えてきた事業体として、移動とは人間にとってなんであるのか、今移動はどうあるべきなのかについて考えてみたいと思います。

人の移動と感染症の歴史

奇しくも中国での新型コロナウイルス発生の前、昨年11月、厚労省のホームページに人の移動と感染症に関するコラムが掲載されています。

歴史上の疫病には、人の移動の話が付きまといます。ドクロや死神といった禍々しい姿に喩えて描かれてきた黒死病(ペスト)は、モンゴル帝国時代に活発化したシルクロードの行き来によって東から西へもたらされました。当時のヨーロッパ人口の実に1/3が死亡したといいます。

また大航海時代、西欧諸国がアメリカ大陸に上陸し、インディオやインカ帝国、アステカ帝国を滅ぼしたというイメージを持つ人は多いと思いますが、実際にアメリカ大陸の原住民にとって一番の脅威となったのは、西洋の侵略活動というよりは感染症でした。ユーラシアから持ち込まれた多様で感染力の高い疫病によって、免疫をほとんど持たなかった原住民の多くが死亡し、数十万数百万の民族が全滅か、ほぼ全滅という凄惨な顛末を辿っています。

医療が発達し、衛生環境が目覚ましく改善された現代でも感染症が脅威となるのは、並行して飛躍的向上を遂げた人間の移動能力ゆえとも言えるでしょう。民族単位の滅亡をもたらしうる「移動」の呪われた歴史を振り返ると、もはやお金さえあれば個人の意志で地球の裏側まで飛んでいける私たちが、呑気に移動だ流動だと言っていて大丈夫なんだろうかという気もしてきます。

一億総引きこもり社会到来?

実際、私たち流動創生が「移動を促す」ツールとして期待を寄せていたリモートワークは、今回の件で逆に「移動や対面を避けて」安全に用事を済ませる手法として注目されています。多くのイベントがオンラインイベントに切り替わり、小規模の打ち合わせもオンラインミーティングのソフトを使って遠隔で実施されています。中には「会場開催だったら参加できなかったイベントが、オンラインになることで参加できるようになった」というメリットも聞こえてきます。

こうなると、直接集まってイベントやミーティングをする意味ってそもそもあるのだろうか…?という問いが自然と湧いてきます。それに、今時点では主に大人数の集会が警戒されていますが、もし今より感染者数が増えたら、1:1の対面でさえ警戒しなければならない、「もはや人に会うこと自体がリスクである」なんていう言説も出てくるかもしれません。

仕事も勉強も各家庭内で、人と話すのはビデオチャットで、おでかけはVRゴーグルをかけて、ごはんや日用品はウーバーイーツやAmazonで…(配達の人はものすごく忙しくなって、人と接触するリスクを他の人の分まで被るわけですが…)突き詰めていけば、お互いを隔離して暮らす一億総引きこもり社会になってしまいます。

論理的世界は私たちの取捨選択に囚われる

インターネットやデジタルの世界は、VR技術の発達によって視覚や聴覚だけでなく、嗅覚や触覚等、ますます精密に現実世界を再現できるようになっています。それでも身体を移動させ、別の場所に身を置くことには意味があるのでしょうか。移動の本質的な価値はどこにあるのでしょうか。

物理、地理、身体といった物質的な世界に対して、インターネットやデジタルの世界に開かれる仮想現実の世界は、人間の手によって設計されたものであり、「これは要る」「これは要らない」という人間の取捨選択を介して成り立っています。この論理的な世界は人類の英知の結晶にも見えますが、取捨選択ができてしまうことこそが実は弱点です。つまり私たちは、科学の発展によって人間が物事を知り尽くしていると勘違いしがちで、本当は重要な点を「これは要らない」と切り取って捨ててしまう愚かさがあるのです。

田舎暮らしをVRで体験できるサービスを作ったとしましょう。360度広がる広大な自然、葉擦れの音や動物の声、水辺のにおい、土の手触り、作物の素朴な味。田舎らしい情報をピックアップしてデータ化し、あるいは現地のカメラやマイクからリアルタイムで拾い上げて体験するものは、現地で出くわす情報の大部分、特に不快な情報や、田舎らしくない情報を削ぎ落したものになるでしょう。現地に身を置く住民が体験している、田舎の面倒くささ、不便さ、嫌な臭いや触れたくないもの、あるいは知られていない意外なものは、恐らくそこにありません。もちろん技術的には、そういったものも含めてデータ化して届けることも可能でしょう。しかし根本的に異なるのは、VRが「容易に取り外す=逃げること」ができるのに対し、現地に身を置くことは、不快な情報や理解の範疇外の出来事に直面しても、容易に逃げられないということです。

人間は、快不快綯い交ぜの1日、1週間、1年というひとまとまりの期間、あるいはある地域での活動からそこまでの移動、その後の余韻といった体験の「総体」を通して、既知の世界の外側へ脱し、言葉にならない感嘆を抱き、深い学びを得ます。その「総体」としての体験を得るには、見知らぬ地域や移動といったダイナミックな環境へ、自分の身体を一定期間、ある種の「人質」として差し出すことが条件になるのです。

とはいえこのような、移動がもたらす感動や学びとはそもそも何なのか、それは必ず発生するのか、本当に「移動」によるものなのか…というのもまだまだ曖昧です。今後研究を通して明らかにしていきたいと思っています。

今地方に行くことはリスクか

さて、人の移動にはリスクと表裏で意味があるのはわかった、では「今」移動はどうなのだ?というのが、当面の関心ごとかと思います。

集会や出張を自粛する企業や団体が一気に増えて、すでに身動きがとれない状況の方も多いかと思いますが、まだ動ける人で、例えば地方に実家やツテのある方は、しばらく安全な地方に「疎開」したほうがいいのではと考えも一部あるようです。しかしそういった声に対し「東京からウイルスを持ち込むのではないか」「移動によって感染を拡大させてしまうのではないか」という懸念も出てきています。

私は感染症の専門家ではありませんので、その点は踏まえて読んでいただきたいのですが、近日中の東京と福井の様子を知る立場としては、「感染の疑いがあまりなく、仕事や学校の都合で東京を離れられないわけではない人は、地方に移動してしばらく滞在するのも、総合的に見てわりと現実的な選択なのではないか」と考えています。

もちろん各地で細かい状況は異なりますが、例えば福井の公共交通は空いていますし、車通勤の人はそもそも公共交通を使いません。スーパーも人でごった返すようなことはまずありません(ただしトイレットペーパーの不足は福井でも起きているようでした)。日常生活で不特定多数と近距離で接することが都市と比べると劇的に少ないのです。

また、子どもたちは一斉休校で学校に行けない状況になっています。特に都市部や市街地に住んでいると公園にも出づらく、ずっと家の中にこもっていると、ストレスが溜まったり、心持ちが窮屈になってくることもあるかと思います。過疎地域は、都会や市街地の公園と違って、家の外に出てもそもそも人に接触する機会が少なく、近所でたまに会うおじいちゃんおばあちゃんも割とのんびりしていて、殺伐とした雰囲気がありません。少し長い春休みに、広くてのどかな里山でリフレッシュしつつ、いつもと違う環境で自由研究をしてみるのもいいのではないかと思います。

懸念事項として、まず都市から地方に移動する際の駅や空港での感染リスクですが、新幹線は比較的空いているらしいということ、また自家用車を持っている方は車で移動されるとより安全かと思います。

都市から地方にウイルスを持ち込んでしまう危険は確かにあって、特に高齢者は重症化する危険性も高いので、地方でも手洗いうがいや咳エチケット等、基本的な対策は継続していただく必要があるかと思います。

危機から学ぶ

人間は疫病や災害、戦争の危機を経験して、反省し、なるべく不幸のないように社会を変えてきました。2度目の東京オリンピックに向けて駆け足をしてきた日本において、今回の問題で様々な人がいったん手を止めざるを得ない状況になっています。この危機が終息するに越したことはありませんが、ただただ喉元を過ぎるのを待つのではなく、日常を見つめ直しじっくり考える機会と捉え、一人ひとりが何かを変えていく時を迎えているのかもしれません。

文=荒木幸子(FlowLife Laboratory、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科所属)

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